韓国および北朝鮮では日本に似た“浸かる”温泉文化が根付いており、日韓併合に伴い、日本人が朝鮮半島で温泉開発を行ったことに因るものである。いずれも火山が少ないが、高温が噴出する温泉が多く存在する。しかし、日本とは文化的な相違があり、初めて訪れる日本人はカルチャーショックを受けることがある。また、汗蒸と呼ばれる伝統的な蒸し風呂がある。台湾における温泉の歴史の始まりは、北投で1894年にドイツ人のウォーリーが温泉を発見したことだとされる。1896年には、その北投温泉に大阪出身の平田源吾が「天狗庵」と言う旅館を建設し、周辺にも陸軍の保養所などが建設される。これらは記録に残ったものであるが、温泉の効能が書かれた説明などには、知本温泉のように台湾の先住民が利用したと言う記述や伝聞も残されている。屏東県車城郷の四重渓温泉には、高松宮が夫婦で利用した浴槽が現在でも残されている。日本の統治時代に警察の保養所として建設された温泉旅館が、蒋介石の統治時代は「警光山荘」として台湾の警察に利用され、現在では一般人も利用できるようになっている。台湾の温泉は水着着用で利用するのが一般的だが、日本式の温泉を表す「日式」と書かれた温泉では、日本の温泉のように何も身に着けずに利用することを表す。一部の温泉では温泉卵を茹でる場所も用意されている。オセアニアで有名な温泉大国はニュージーランドで、国内には火山が多いために、温泉地も数多く存在する。原住民のマオリの人々も温泉の効能を知っており、温泉を療養に用いていたという。しかし、20世紀前半に国を挙げて豊富な温泉水に目を向け、滞在型の温泉リゾートを開発しようとしたが、日本ほど湿潤な気候でないことと、入植した白人には入浴という習慣が根付いていなかったため、さほど進展しなかった。今日、ニュージーランドの温泉はスポーツやエクササイズといった健康面で結びつき、あくまでスポーツやアウトドア後に汗を流すための保養施設として発展している。また、温泉水を利用した温泉プールは非常に人気があり、温泉地の主力施設となっている。
湯治場は数多く存在するが、代表的なものとして以下を挙げる温泉水1キログラム中に遊離炭酸を1グラム以上を含む温泉や鉱泉のこと。かつては炭酸泉と呼ばれていた。有馬温泉などがこれに当てはまる。
温泉権は、慣習による物権的権利であるが、日本は物権法定主義を採っているため、厳密には債権であって、信義則による保護によって物権的性質を示しているとされる。法令に定めのない物権を設定する契約は、物権設定契約としては無効となるが、債権契約としては有効であり、当事者間で効力を有する。もっとも学説によっては、世界各国の法制度を比較検討し、物権の一般的性質というものを定義した上で、温泉権を「物権」や「慣習上の物権」に分類しているものもある。また、訴訟において当事者双方が「物権」と称している権利については、当事者が訴訟内において主張するところの「物権」という扱いで判決文が書かれることがある。しかし、日本の法体系における形式的分類によるならば、温泉権は債権に分類されるものである。なお、物権法定主義は、物権的性質を持つ債権が慣習によって生じることを否定するものではない。温泉権は、永久の期間に対する温泉利用料を前納することによって生じる。これを慣習的に「温泉権の設定」という。温泉権は、温泉が存在する土地の所有者に対して永年利用を認めさせる債権であるから、土地の所有者がこれを取り除くためには、少なくとも、永年の利用に相当する補償が必要となる。 土地の利用に関する債権は、土地所有者が変われば消滅するのが原則である。しかし、温泉権の存在を知りつつ土地を所有した者が温泉権の消滅を主張することは、永年利用権としての温泉権を持つ者に多大な損害を与える反面、土地所有者側が利益を得るものであるから、信義則に反するとして認められない。もっとも、新しい土地所有者が十分な補償を支払えば、信義則による保護は外れるから、温泉権は消滅する。これを「滌除」という。「滌除」は、抵当権について民法に規定されていた用語であって、補償金によって、その土地に対する所有権以外の権利を消滅させる行為である。ただし、温泉権の「滌除」は、権利の濫用となる場合は認められない。判例によれば、温泉を汲み上げる装置や配管等の費用が膨大であり、容易に移転することが不可能な場合は、正当な権限を有する場合であっても、権利の濫用として認められないとされる。 なお、全くの不毛の地に永小作権が設定できるのと同じく、全く温泉が存在しない土地であっても、投機目的で温泉権を設定できるが、そのような場合においても、「滌除」を回避することができるかどうかについては、信義則による保護の考え方によって判断が分かれるところであるが、この点に関する判例は未だ出されていない。温泉権は、明認方法の設置がなければ善意の第三者に対抗できない。明認方法の設置とは、温泉が存在する土地に立て看板を設ける等の方法で温泉権の存在を示すことである。明認方法の設置は、信義則により第三者の善意を否定し、または相手方の重過失を主張するためのものである。判例によれば、温泉権の明認方法は、地方によっては、温泉組合・地方官庁への登録でも足りるとされる。有名な温泉地において温泉の存在する土地を購入する場合においては、温泉権の存在について温泉組合や地方官庁への問い合わせを行うことが慣習であり、これを行わないことは信義則に違反するからである。
体の特定の部位に対する効能が良いとされた温泉には、例えば貝掛温泉の異名である目の湯のように、特にその部位名を冠した名称も持ち合わせ、多くの湯治客を集めた。古くは湯治を行っていたのは権力者など一部の人に限られていた。鎌倉中期の別府温泉には大友頼康によって温泉奉行が置かれ、元寇の役の戦傷者が保養に来た記録が残っている。一般の人の間でも湯治が盛んに行われるようになったのは、江戸時代以降である。これは、街道が整備されたことにより遠方との往来が容易になったためである。草津温泉などは、梅毒に苦しんでいた江戸の町人が多く湯治に訪れたという。合戦が行われなくなったことにより、農閑期に時間が発生した農民が、蓄積した疲労を癒す目的で湯治を行うようにもなった。また、江戸時代に東海道を旅する際に、宿場に指定されていた小田原宿ではなく、箱根温泉に宿泊を希望するものが多かった。だが、当時は長期滞在を前提とした湯治客のみが箱根温泉に宿泊できたため、一泊のみの旅行者は泊まることができなかった。その抜け道として、一日だけ湯治を行うとする一泊湯治などと称して箱根温泉に宿泊したという。